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大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)3856号 判決 1964年5月20日

原告 平田房雄

<外四名>

和之、知則、泰士三名法定代理人親権者父 平田房雄

右原告ら五名訴訟代理人弁護士 森島忠三

被告 都留光雄

被告 小池稔雄

右両名訴訟代理人弁護士 浅沼貴一

右訴訟復代理人弁護士 四塚利一

主文

被告らは、各自、原告平田房雄に対し、金三五万円、同平田花枝に対し、金七万円、同平田和之、同平田知則および同平田泰士に対し、各金一四万円およびそれぞれこれらに対する昭和三六年六月三日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの、その二を被告らの各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴部分にかぎり、各被告に対し、原告平田房雄において金七万円、原告平田花枝において金一五、〇〇〇円、その他の原告らにおいて各金三万円宛の各担保を供するときは、当該被告との関係において、いずれもかりに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、原告平田房雄は訴外平田輝恵の夫、同平田花枝は同人の母、その他の原告らはいずれも同人の子であること、原告ら主張の日時、場所において、被告都留が運転していた被告車を、折柄道路横断中の輝恵に接触させ、原告ら主張の傷害を与え、その結果死亡するにいたらしめたことは、当事者間に争いがない。

二、本件事故が被告都留の運転上の過失によつて発生したものであるかどうかを判断するに、≪証拠省略≫を総合すると、つぎの事実が認められる。「本件事故現場は、中央部約六米のみが舗装され、両側各約二米五〇糎の部分が未舗装になつている幅員約一一米の平坦な道路と、右道路から分岐し西方に通ずる幅員約八米の道路とのいわば丁字路地点に近い右舗装道路上であるが、右舗装道路の東側には大阪府の自動車運転免許試験場があるので、事故当時も、おもに未舗装部分の道路両側に乗用車、トラツクなど各種の自動車が数多く駐車しており、かなりの人や車の往来があつた(右舗装道路の状況の点は、当事者間に争いがないところである)。被告都留は、原告ら主張の日時、右舗装道路を、ほぼ中央線右(西)寄りに、時速約三〇粁から三五粁の速度で北から南に向つて被告車を運転進行していたところ、折角前方三〇米附近を対向してくる貨物自動車に注意を奪われていたため、右道路の東側から前記分岐道路の方向に斜めに道路を横断中の輝恵に約七米手前にいたつて気附き、とつさに急停車の措置をとつたが、すでに遅く、道路中央右(西)寄り辺で、被告車の前部を輝恵に衝突させた。元来、右道路における被告車のような軽自動車の制限時速は三〇粁であり、右道路の前方見通しは充分きくところであつた。」以上の事実が認められ、≪証拠の認否省略≫

右認定によると、本件事故当時の事故現場の道路は、実質的に交通できる幅員が狭いうえにかなりの人や車の交通量があり、かつ、道路両側には数多くの乗用車、トラツクなど各種の自動車が駐車していたので、車体と車体のあいだに物陰が生じており、そこから道路上に人の出入することは充分予想できるものであつたから、右状況下の道路における自動車運転者たるものは、自動車の速度を相当減ずるとともに、たえず進路前方を注視し、必要に応じ警笛を鳴らすとか、もしくは機に応じ直ちに急停車の措置をとりうるようにつとめ、通行人に不測の危害を及ぼさないようにして操縦すべき注意義務があるものというべきところ、被告都留は、前方の注意警戒を怠り、漫然と制限時速をやや超過する速度のまま被告車を運転していたため、本件事故の発生にいたつたものというべく、本件事故は、同被告の運転上の過失にもとづくといわなければならない。

三、本件事故を惹起した被告車が被告小池の所有に属すること、本件事故は同被告が被告車を実弟の訴外小池四郎に貸与し、右四郎の使用人である被告都留がこれを運転中に惹起したものであることは、当事者間に争いがないところ、原告らは、本件事故につき被告小池は自動車損害賠償保障法第三条本文による損害賠償義務があると主張するに対し、同被告は、これを争うので判断する。自動車損害賠償保障法は、近時における自動車事故が交通機関の発達に伴うある程度不可避的な害であると観念しなければならなくなつたため、自己のために自動車を運行の用に供する者(保有者)は、通常その自動車の運行により有形無形の利益を享受しうる地位にあるのであるから、その反面として自動車の運行によつて生ずる危険を負担すべきが社会観念上からも当然であり、衡平の観念にも合致するとのいわゆる危険責任、報償責任の思想によつているものと解されるから、この趣旨よりすると、同法第三条に示す「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは抽象的一般的にその地位にある者で、通常この地位にある自動車所有者は、たとえその自動車を他人に貸与しても、その自動車の運行が排他的に借受人のためのみであるという特段の事情がないかぎり、当該自動車に対する支配が失われるわけでないから、なお、同法条にいう責任主体としての責任をまぬがれることはできないものと解するのを相当とする。本件において、被告小池は、右特段の事情についての主張立証をしないし、かえつて、前記事実と弁論の全趣旨からみると、被告車は、時折被告小池と四郎がそれぞれ自己のために運行の用に供していたものであつて、本件事故時における運行は、直接的には四郎のためであつたにせよ、外観上からして同人のためのみの運行とはいえない状況にあつたと認めざるをえないから、被告小池は、同法条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当するものというべきである。したがつて、被告小池は、同条但書の免責事由が存しないかぎり、本件事故により原告らに生じた損害を賠償すべき義務があるところ、同被告は、本件事故について、被告車を運行した被告都留に運転上の過失はなく、また、被告車に構造上の欠陥、機能上の障害もなかつたと主張するが、前記認定のとおり、本件事故は被告都留の運転上の過失にもとづくものであるから、すでにこの点において、右免責事由の主張はとることができない。

四、そこで、被告都留は民法第七〇九条により、被告小池は自動車損害賠償保障法第三条本文によつて、それぞれ原告らの被つた損害を賠償する責に任じなければならないから、右損害の額について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、原告房雄は、輝恵の死亡による葬儀費用として金五二、〇〇〇円を支出したことが認められ、その反証はない。

(二)  輝恵の夫である原告房雄、母である原告花枝や子であるその他の原告らが右輝恵の死亡により精神上の苦痛を被つたことは経験則上明かなところである。原告平田房雄本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、輝恵が原告房雄と結婚したのは、昭和二一年二月頃で、その後その間に原告和之、同知則、および泰士の三名の子を儲け、一家の主婦として健康にすごしてきたこと、原告房雄は自動車学校の教官に就職しているものであるが、本件事故当時における同原告の手取給料が一ヵ月金三六、〇〇〇円位であつたため、輝恵自身多少の内職をしていたこと、原告和之、同知則および同泰士は、いずれも未成年者で就学中のものであることが認められ、一方、輝恵の本件事故による死亡で、原告らが自動車損害賠償責任保険にもとづく保険金として金四〇一、二七五円の給付を受けたことは、原告らの自陳するところであり、また、原告平田房雄、証人小池四郎の各供述によると、輝恵の病院における費用は小池四郎側で負担し、輝恵の葬儀にさいし香典として金二万円をそなえていることが認められる。右認定にかかる事実その他諸般の事情を考慮すれば、本件事故による輝恵の死亡のため原告らが被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告房雄については金四万円、原告花枝については金一〇万円、その他の原告らについては各金二〇万円をもつて相当と考えられる。

(三)  つぎに、被告ら主張の過失相殺について検討する。前掲甲第九第一〇号証、被告都留光雄本人尋問の結果によれば、本件事故現場の道路には歩道車道の区別はなく、また、その附近に横断歩道も設けられていなかつたこと、そして、輝恵は、右道路の東側に駐車中の自動車車体の物陰から出て西南方に向け、道路を斜めに横断していたものであることが認められ、この事実に、前記二に認定した道路状況および交通量をあわせ考えると、輝恵が本件事故現場の道路を横断するにしても、不用意に道路を横断することなく、左右を充分注視したうえで横断すべきであつて、歩行者としても自ら危険発生を防止すべき注意が肝要というべきであるところ、輝恵は、いきなり道路に飛び出したため、それも一因となつて本件事故を発生するにいたつたものと認めざるをえないから、輝恵にも、また、重大な過失があつたものといわなければならない。

(四)  よつて、輝恵の右過失を斟酌したときは、原告らが本訴で被告らに対し請求できる賠償額は、原告房雄については前記損害金と慰藉料の合計金四五二、〇〇〇円のうち、金三五万円、原告花枝については慰藉料金一〇万円のうち、金七万円、その他の原告らについては慰藉料各金二〇万円のうち、各金一四万円をもつて相当と考える。

三、以上のとおりであるから、被告らは、各自原告房雄に対し金三五万円、原告花枝に対し、金七万円、原告和之、同知則および同泰士に対し、各金一四万円およびそれぞれこれらの金員に対する本件損害発生の日の後である昭和三六年六月三日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告らの本訴請求は、右認定の限度において正当であるからこれを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂詰幸次)

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